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フランダースの犬の中に絵を描くヒントを模索中。

アロアのモデルは前年のハイジのパイロットフィルムに使われた
森やすじ先生の作成されたハイジがモデルと見て取れます。

※ユキちゃんを抱いている同じ構図があります。
なおこのオランダの民族衣装は、ベルギーでは浸透していない
ため、本国では受け入れにくい部分があったそうですが、前の記事のとおりフランダースの犬のアニメは80年代のベルギー観光を賑わした大きな動機ともなっています。

この古典的な原作を7~90年代日本で具体的なキャラクターとしての姿で描いたアニメ作品群が、ある種の本物の史実として
現代の実写映画に投影されていたりもします。
知られれば知られるほどに、ハイジやフランダースの犬、世界名作劇場は実在の人物以上に存在しているのです。

その反面、昔から多くの人に愛された作品やキャラクターがいつまでも側にいることは、当たり前の事じゃないと感じます。


ここからは少し不快に思われる方がおられるかもしれないので
クッション置いておきます。
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フランダースの犬を視聴した日本人ファンは80年代にベルギーアントワープ多く訪れるようになったそうです。逆輸入の形で有名になりました。
アントワープ観光局は、日本人観光客向けにフランダースの犬ゆかりの地を巡る体制を整えました。
手書きのパンフレットや銅像、記念館など
さらにはベルギーの国民的アニメにフランダースの犬を登場させて周知させています。

大聖堂前現在

以前は、日本企業の出資でイベントがあったようです。


銅像



ビールとチーズとパン、チョコレート等がありますが、日本で買えるのは現状ビールのみのようです。
※買える場所があったら教えてください。



風車(アロアの家)のレプリカ。
アイレンケイ通りの小学校敷地内となっています。

アントワープ観光によると観光コースは今でも公式的に存在しているようですが、ここ5~6年は情報が見えてきません。
今年で150周年だけど、ベルギーで催しはないのかな。

アントワープ観光(情報センター公式HP)
http://www.a-dog-of-flanders.org/mokuji.html
観光情報
https://allabout.co.jp/gm/gc/23281/
昔から多く物議を醸す昇天シーンについてです。
フランダースの犬の最終回には「死を持つ意味が別れではなくひとつの救い」だとするカルピスの元社長土倉冨士雄氏の考えによる構成があります。
最後のナレーションの言葉は、土倉氏の案のようです。
ひとつの救いで、最初からひとつのまっすぐな道です。

当時のアメリカ版映画のハッピーエンドバージョンを望む国と望まない国についての言及で、日本でデータベースサイトを作成されていた方の記事に
「何故死ななくてはならないのか」が書かれていました。
これは少し違う視点でアロアや、ネロを応援する人たち、ひとえに視聴者サイドからのものでした。

愛する人や家族が災害や事故で亡くなることだってままあるのが現実だからです。
視聴者と同じ世界で生きているような、現実と同じ側にある嬉しさや愛しさや別れや悲しみ。
永遠の別れは、世の中がどんなに進化しても絶対に無くならない、誰にでも必ずやってくる経験です。
それを思い知らせるかのようにひしひしと語りかける作品なのがフランダースの犬です。

この衝撃のラスト演出は、生前のネロの胸打つ数々の素晴らしい印象を打ち消し、
史実上「フランダースの犬は最後が全て」と多くの人の記憶に刻まれているのもまた事実ですが、舞い降りてくる天使は、ネロの描いた最後の絵です。
コンクールの発表の数日前に木こりのミッシェルさんに貰った食費を使ってまで観たかったルーベンス展の絵に出てくる天使。

フランダースの犬情報センターのHPにもありますが、「本当の貧しさについて考える」ことも作品テーマとなっています。
この物語で、だれが一番貧しいか。最後まで絵を描きたいと願うネロは、ずっと一番豊かなものを胸に抱いてまっすぐに生きていたのです。
いつまでも絵を描くために、天国でおじいさんとお母さんと絵を描く選択を無意識に選択したのでしょう。
天使に持ち上げられて最後に笑顔のネロはパトラッシュも一緒に行けるんだという、むしろ希望にみちているのだそうです。
ルーベンスに感化されて描いた天使の絵が導く先は、叶えられなかった願いが揃って叶う世界のはずです。

1つはネロとパトラッシュ視点、1つはアロアや視聴者視点から書いてみました。


参考元様リンク
http://www.patrasche.net/nello/human/09.html
http://www.a-dog-of-flanders.org/14-2.html
木こりで森に住むミッシェルおじさんは、本放送のレギュラーキャラクターであり、
ネロの成長が描かれる過程で支えてくれるもう1人の親のような人物で、おじいさんを亡くしたネロを引き取るために動いています。
そしてその存在は、何故最後ネロが頼らなかったのかという視聴者の疑問に結びつく大きなポイントになります。

ミッシェルさんのキャラクターの重要さは2点あります。
1点は原作でコンクール出展用にネロが描いた絵のモデルがおじいさんではなく木こりだったことにより浮き出てきた登場人物。(原作の要素を取り入れている)
2点目はネロが生きる道のトリガーとなっている点です。
当時アニメであのエンディングを知る前の視聴者たちが原作は知っているけど、アニメ版はどうなるの?!と惹き付けるための人物と思います。(本放送時、たくさんの生存嘆願書が届いたそうです。)

しかし、原作通りの結末を迎えたあとに2点目を見直すと、あれ?となってしまうかもしれません。

中盤でネロは怪我をしたミッシェルおじさんの代わりに1人で樫の木を切り倒し、自分の実力試しをしています。
このあたりのネロは、まだ木こりになる将来も、風車職人になる将来も漠然とした中で考えています。でも、もう終盤は絵描きになりたい未来しか見えていないのです。
コンクールに落ちたときに何もかも忘れて、コゼツ旦那の財布を偶然拾い機械的に届けて、アロアにパトラッシュを託すのです。
また、ネロは早く木こりの小屋へ引っ越してこいというミッシェルさんの打診を「ここにいないと絵がうまく描けない」「コンクール発表の日までまってほしい」と2回断っています。
ミッシェルさんが存在したからこそ、それほどまでに絵が描きたいというネロの強い気持ちが拍車をかけて伝わってくる構成に思います。

入手出来る範囲で、フランダースの犬の世界名作劇場の
挿絵を起用され、アニメ脚本を取り入れた本を集めて比較すると
エンドまでに起こるストーリーイベントの違いが明確になりました。
(対象書籍は多少のはずれ値、抜け込み)
   

※クリックで拡大

絵本として編集した短い構成のほか、小説版でも
アニメで登場した多くの人物が未登場となっているのは、
ストーリー上登場させないでも進んでいくように出来ていることを感じさせます。
黒田監督が宝島社のムック本(2003)で言及している、最初はネロの見方となる登場人物を多く置いておき徐々に減らす手法をとっていたことが分ります。

また、ぶんけい社(2004)の現日本アニメーション公式で購入できる小説は特に大きな構成の組み替えとなっています。
エンドに繋げるため、より分りやすい構成を取って大幅に改変されています。
この本では序盤、ポリアンナと同じような構成で、10歳の時におじいさんの元へやってきます。
全く登場しなかった父親が絵描きという言及があり、読者にとってネロの絵の才能への気付きが明確なことが感じ取れます。
現代の読み手の印象に合わせるためでしょうか。
昔アニメを観ていた方がこの本を手にしたときに、違うと感じるかどうか気になります。
また、抜かされがちなアロアのイギリス留学→ホームシック帰還が描かれており、
さらにはアニメと違ってコンクール提出前の絵を見ることが出来ています。
この違いはアニメ版よりアロアの気持ちの救うことになり得るかもしれません。

また、徳間アニメ絵本(2015)は1975年の本放送とほぼ一緒で総集編のようになっていますが、
大きな違いとして木こりのミッシェルおじさんが存在しない事が上げられます。

長くなるので次の記事にします。

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プロフィール
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フラぽこ
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自己紹介:
絵を描くことが大好き。
去年フランダースの犬(1975)を視聴したことで主人公ネロの生まれながらの絵描き魂と作品のもつメッセージに魅了される。
Twitterでは伝えきれない部分を書いていきます。
他の世界名作劇場ではペリーヌ物語が好き。
P R
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